明鏡止水

私は最も良い私になりたい

14

常に勝手に悪い想像をして、勝手に落胆している気がする

 

いや、そうやって常に最悪なケースを想定して生きる方が現実から受けるダメージを軽減出来ると中学の頃考えて、わざと癖付けたのは覚えてるから、それはいいんだけど

 

多分歳をとったんじゃないかと思うんですよね まあ最近の私は理由がわからないことを全て「歳のせい」にしている節があるんだけど

 

自分が想定した最悪なケースに耐えられなくなってきているというか 現実に耐えるために最悪なケースを想定して準備をしているはずが 準備をすること自体が何よりの苦痛になってきている

 

14の時は親が離婚するかしないかの瀬戸際で 私の態度次第では離婚しなくて済む可能性が残っていた気もするんだけど 私は 最終的には離婚するんだろうな捨てられるんだろうなと 先に希望を捨てることによって自らの意見を断つことが出来たんですよ

 

そのおかげで「私は二人が最善だと思う答えに従うから、どっちでも大丈夫」などと発言する可愛げのない14歳になれました

 

そこからその癖がついたけれど結局17の時に父親が死んで大ダメージを受けました いや正直父親が死ぬというケースだってちゃんと想像してたんだけど 私が結婚するまでは大丈夫だと思っていた

 

今は母親のことを考えて父親との接触は控えよう、でもそんな関係のままではきっと父親が死んだ時私は後悔してしまうから婚約者が出来たら必ず紹介しよう、そこまでは辛抱しようと思ってたら私が結婚する資格を得る年齢になるのを待たずしてあっけなく死にました ウケる

 

結局ね 想像なんて無駄なんですよ 想像してないときに限って急に色々起こるもんなんですよ

 

だから普通に最悪な世の中で居てくれた方が幾分かマシ 他人のわけわからん思考に単純に振り回される方がマシ

 

それで だからもう最悪なことばっかり考えるのやめたいんだけど 10年前の私がしっかりと癖付けてしまっているので直らないんですよね 昔の私に苦しめられる感じすごいね 宛ら治らない自傷跡ですね ダサすぎる〜〜〜〜

 

恋人という名の赤の他人について

 

「契約」の話の続き

 

つい数ヶ月前に出会った 素性も碌に知らない赤の他人が 謎の契約によって 十数年ソウルをメイトしてきた友達を差し置いて 便宜上 互いが持つ交友関係のトップの座にいきなり登りつめるこの「恋人」というシステム 一体何なんだ 冷静に考えると滅茶苦茶怖い 怖すぎる 誰が考えたシステム?人間って本当に正常に作られてる?みんな頭大丈夫ですかね?

 

「今飲み会終わった」「終電ある?迎えに行こうか?」「大丈夫、ありがとう」じゃないんだよ 迎えに行こうとするんじゃない 誰を迎えに行こうとしてるんだ お前もお前で 赤の他人が迎えに来ようとしていることを普通のことと捉えるんじゃない まず名を名乗れ 話はそこからだ

 

いやまあさすがに名前くらいは知ってるんだけど でも偽名かもしれないじゃん それさえわかんないから本当に いや何言ってんだろうな 怖 私頭大丈夫ですかね?

「思考と行動」の話 2

 

思考と行動とかいう無駄な言い換えをしていますが結局のところ理性と本能の話をしています

 

前回の続き

 

でも こと恋愛において 私は常識的な私に見合う人と一緒に居たいから 私は常識/模範/理性的な自分のままで頑張る他ないのだと思う これはどちらかというと頭の悪い選択なのだろうけど 私は頭が悪いので仕方ない

 

なんでそれが頭の悪い選択になるのかというと 常識的な人と居ると大体の場合息が詰まってくるからです

 

本人は常識的で、かつ、私が適当な振る舞いをしても許してくれる人、と付き合えればそれが一番良い

とは思うんだけど それって高望みじゃないですか 大抵なんでも許してくれる人って 交換条件として「俺のそういうところも許してね」って提示してくる人が多いじゃないですか 多くないですか?いやまあ別にそういう男が悪いとかそういう話じゃないんですけど 全く

  

 

 

一番厄介なのは お前には常識的な行動を強いるつもりだけど 俺が適当な時は許せよ という考え方の奴です クソな男ですね 気を付けようね

 

これは5段落目の発言に対するブーメランです クソな女ですね 気を付けようね

 

 

「思考と行動」の話

 

自分の中に自分自身でも理解したくないタイプの考え方が住んでるの意味不明、自分の思考なのになんで好みのものだけでまとめておくことが出来ないんだ、

 

そもそも自分が認識してる自分と実際に動いている自分が違いすぎて面白いんだけど、ほんとどうしてこんなに乖離してんのかね 別にどっちがどうとかじゃないんだけどさ 中身の話ね

自己分析が的外れなわけじゃないんだよ じゃあ何故乖離するかっていうと多分思考回路の分析と理解しかしてないせいなんだよね

 


結論を言うと思考のタイプから漫然と導かれるキャラクター像と実際のキャラクターに乖離があるんだろうと思われる、

 

つまり自分の持っている価値観/常識のレベルと、自分が取りたい行動のレベルに割と大きなズレが生じていて そこからおかしいことになっている

 

前者になるべきだと思っているフリをして、実は後者のままで生きられるならそれがいいと思っているらしい

「思考量」の話

 

私、恋愛依存傾向があるのかなと ふと思ったんだけど なんというかね 正確に言うとそうじゃなくて

 

他の人と比べたことないからわからないけど 多分他の人より ずっと長い間 頭の中で思考してしまっているんじゃないかと思うんだよね 隙あらば考えようとするし、隙あらば何を考えているか自覚しようとする

 

だから巷の「恋人への依存傾向がある人は他のことで充実していきましょう」みたいな文言は私には全然 意味がなくて なんなら充実してるし

 

なんというか 何も考える必要がない時 ってどれだけ充実してる人だとしても必ずあるでしょう お風呂 歯磨き スマホ 移動時間 トイレ 簡単な仕事をしているとき

 

そういう時に 何も考えずに無の状態でいることが無理だから「何か」を考えてしまって それでなんとなくその何かの行き着く先が恋人のことになったりしてしまう、わけである

 

だから態度としては全然執着してる風じゃないんだけど、頭の中は結構埋まってしまってて それが結構面倒 吐き出したい 考えたくない

「言葉と本質」の話

 

果たしてその人の価値観はその人の話し方、つまりは言葉の選択の癖、への影響を持つのか 例えば言葉尻が雑な人間は性格も軽いのか

 

案外なことだけれど答えはNOに近くて この世界には一途で純粋な、口の悪い女も居れば 優しい言葉で人を弄ぶ男も居る

 

使用する言葉はその人を表す、と常々思っていたし 少なくとも私の言葉は私を表すためにあるのだけど、言葉は人によってその用法が違って

 

自分を表すために 人を欺くために 自分をよく見せるために 自分を悪く見せるために 自らを閉じ込めるために 人に愛されるために 各々の理由によって使用される

 

「口ではなんとでも言える」

 

(蛇足)

だから、なんでも話して解決しようって考えからはもう卒業しような

 

「契約」の話

 

「付き合って」という言葉の前後で変わるのは 形式的な関係性だけで それ以外はほんと一切、何も、変わっていないので、その言葉の前に行われるキスや性行為が不純であるということ その言葉の後のそれらは清く正しいものであるということ、それが全く理解出来ない


「付き合って」という5文字の軽さ、フランクさに対して この5文字が与えるふたりの行動 ひいては人生への影響力がすごい