明鏡止水

私は最も良い私になりたい

母親の人生について

 

「あたしおかあさんだから」の歌詞が話題になっていたから、ふと母親のことを考えてしまった、んだけど、私はあんまり、母親のことを考えるのが好きじゃない。

 

14ってタイトルの記事でも書いたけど私の人生って結構滅茶苦茶なんですよねでも一番滅茶苦茶なのは誰の人生か?って

 

思うと

 

母親の人生だろうな

 

と思って

しまうので、あまりそういうことに思考を向けたくないんですよね。なんだかすごくすごく、色々なものが、重たくなってしまうので。

 

今朝はそれでも色々と考えてしまっていて、

 

思い出すのはまあ大抵13、14歳の頃のことなんだけど、

 

鮮明な記憶、

わ、もう10年も前になるんですね、

 

鮮明な、いつも浮かぶ記憶、

 

中学校の帰りに寄った祖母の家の2階、ショックで口が殆どきけなくなってしまった、なんというかもうぐじゅぐじゅの母親(今思うとあれは絶対自律神経失調症)、の口から微かに聞こえた「おかえり」、とか、

 

全てが壊れた私の家、に居る父親、の背中、と、「ごめんな」、とか、

 

を、想起してしまっていたんだけど。

 

それって結局客観的な、もので、

客観的な「凄まじさ」を目の当たりにしてしまって、いやいや、自分の身に起こったことなのは分かってるんだよ、だけど、

客観的な、出来事なんですよそれって、

 

とうの私は、

 

毎日学校に行っていた、一回も休まなかった、授業中、慕っていた社会科の先生、に「大丈夫?」って言われることが1回あったくらいで殆ど、外傷みたいなものは無かった、多分あんまり実感とか、なくて、母親の状態も悪いし、なんかこう、正常で居なきゃみたいな気持ちが働いていて尚且つそれがちゃんとある程度作用していたんだよね、

 

じゃあその3人の中で

 

誰の世界が一番真っ暗闇だったかって

 

そりゃやっぱり母親だろうし

 

そしてあのときの母親にとって私の存在っていうのは本当に、真っ暗闇の中で、唯一の光だったんだろうなってことも自覚しているし

 

 

ちょっと職場着いちゃったよ、続きはまた書くけど、

 

とにもかくにも、

 

 

だから私は母親のことを考えるのが怖くて、苦手です。